就活終了 振り返り1
どうも。
相変わらず読者数が永遠の0の中、寒空に向かって空虚に叫んでいきたいと思います。
本シリーズでは、就活という戦争が終わった、という玉音放送をこれから流します。2エントリに分けて放送する予定です。耐え難きを耐え、ひれ伏して泣いて謝りながら聞いて下さい。(違う
就活の現場レポートの前に、「まずおまえ誰?」「どこで何してる奴なん?」というそもそもファクトを垂れ流します。「必要ねえ、就活レポだけ見せろ」という読者様ならぬ不届者は、頑張って下までスクロールしやがれ下さい。
・おまえ誰?
・年齢: 22
・性別: 男(ストレート)
・出生地: 東京(日韓ハーフ)
・現在地: オーストラリア・メルボルン
・肩書き: 教養学部 3年生(最終学年)
生まれも育ちも東京なのですが、中学在学中「俺たぶん海外の方が輝くわ」と謎の自信を抱いたので、卒業後「1年間留学プログラム @オーストラリアの語学学校」みたいののに応募して行くことにしました。コスパ良さそうだったので…
ノリは軽く、準備はがっつり(留学エージェントに相談、両親とも相談、中学3年時は英語勉強に集中、など)して行きました。今思い返すと結構向こう見ずでデカい決断。
がっつり準備して行ったはずだったのですが、、現地着いてソッコー:
・英語まったく聞き取れない
・英語まったく喋れない
・ここ不便すぎじゃね?(20時過ぎると店が全部閉まっている)
の3点に気づき、大ピンチに。
語学学校はアジアからの留学生がほとんどで、言語が喋れる日本人・韓国人の友達がどんどん増え、現地の日常生活も段々慣れていったものの、肝心の英語の上達が、、
ということにはならず、日本にいた時とは比べ物にならない様なスピードで聞き取れ・喋れるようになっていきました。(もちろん段階的ではあるものの。)
なんでやろ…。
・単語帳を使った新しい単語/熟語の意味暗記・例文を使った発音練習
・現地人が喋ると後ろ向いてボソボソオウム返し(シャドーイング)
・現地ニュースを英語字幕付きで観ながらシャドーイング
・映画を聞きながらディクテーション、英語字幕で答え合わせ
・文法とかわからないとこは先生にとにかく質問
ぐらいしかしてないのになぁ……。 (静かな主張
とはいえ、最初の半年は本当にキツかったです。具体的に何がキツかったかは、ツイッターに腐る程ある #留学垢 が発信してる内容とほぼ一緒です。
(需要ありましたら別エントリで具体的に書きますのでコメント頂けると幸いです!)
ちょうど1年経った時には、現地の友達と日常会話(昨日何したの〜、授業で何やったの〜など)を、たまに詰まりながらも、できるようになっていました。
「これはこのまま帰国して腐らすのはもったいないな…」と思いました。
ので、現地の高校にそのまま編入することを考え始めました。
ただ今回はさすがに、(1) 留学生が少なめ、さらに (2) 返済不要で学力ベースの奨学金枠がある、(3) 俺程度の学力でも奨学金獲得できそう、の3つの基準で学校選びしました。
この時も両親と留学エージェントの力を多大に借りました。感謝しかありません。
特に両親は高校3年間をオーストラリアで学ぶことに大賛成してくれ、何なら多少迷っていた自分よりも鼻息荒く「いや行け」とゴリ押ししてくれました。本当に感謝です。
結果、「留学生自分だけ(当時)・男子校・ゴリゴリスポーツ校・寮生活」という超絶環境に身を置くことになりました。笑
皆さんハリー ・ポッターのホグワーツわかりますね?あんな感じです。食堂とか。グリフィンドール、スリザリンみたいに寮が複数あって、対抗試合とかあります。
ただ違うのは、試合はクィディッチじゃなくてラグビーなどごりごり肉体系で毎回病院送りが多発するということと、血と汗の匂いから脱け出し色恋に涎を垂らしてみようものの、ハーマイオニーみたいな美女はおらず(美女の前にまず女がおらぬ)、敷地内で出会うのは男のみという点。笑
また、男達にも種別があり、
・内陸部出身のマッチョ、ガサツ、偏見強いんだけど「YO BRO (よう兄弟)」て肩に手回して絡んでくるノリ最高なブッシュボーイ達。 (bush = 奥地, 茂み)
・都市部出身の勉強・スポーツ万遍なくできて偏見なく絡んでくれるしこちらもノリ良いんだけど女話が尽きないシティボーイ達。
極端に二項対立化するとこんな感じ。笑 比率でいうと bush:city = 6:4 くらいだった。(自分はシティボーイ側だった、、うん。。)
ただ今思い返すと、bushの影響は多大に受けました:
(自分に取り入れた)
・英語のアクセントが現地内陸部のそれそっくりに…
・ジム行き始める、健康に気を使い始める
・「人生楽しまなきゃ損」
(反例として学んだ)
・「ものごとを偏見持って決めつけるのは絶対あかん」
・「勉強はしないとな。笑」
日本では、高校時代の「成功」は大学受験の成果と同一と言っても過言ではないと思いますが、こちらでの「成功」は、勉学・課外活動(スポーツ/音楽/芸術など)・リーダーシップのどれかで抜きん出ていること、あるいはその総合値が高いことでした。
高校3年間は、上記の様な環境のおかげもあって、自分の頭の中の引き出しが一気にググっと増えた気がします。以下の点はある程度成長できたのかな、と:
・英語がだいぶ上達した(高校卒業時に TOEFL iBT 105/120 とか)
・ものごとを相対的・複数の側面から見るクセ的なもの
・まじで死にそうな時、踏ん張る忍耐力というかmental resilience
・迷ったら自分の直感を信じる
で高校も終わりに近づき、大学どうしようかな、と考え始めます。
高校では奨学金を獲得し、かなり学費コストダウンしていたものの、それでも日本の私立高校より少し高い、くらいの水準だったので、大学は安く行きたいなと。結果、日本の国立大学に帰国子女枠で入学することを志ました。
で、河合塾の帰国生コースまで通ったのに、東大文IIIの帰国子女枠落ちました。
一橋は東大と試験同日なので受けれず。慶応と早稲田は日程が合わず受けれず。
上智は受験票を忘れ…
"You're f*cked mate"
状態でした。そして東大不合格の通知を受け取った次の日、今通っている大学の教養学部から奨学金付きの合格通知が来ました。「Congratulations (合格)」の下に「Scholarship (奨学金)」の文字を見つけた時、
"Cheers mate"
て感じでした。その大学に進学することを決断しました。結果、こうなりました:
幼稚園 (東京) → 小学校 (東京) → 中学校 (東京) →
高校 (ゴールドコースト) → 大学 (メルボルン) → ???
・で大学で何してたん?
大学では社会科学にハマりました。ハマったといってもプロ(研究者)レベルになったとかじゃなく、「人生のライフワークにしていけるかも」くらいのちょろい程度です。趣味のサッカーやピアノ以外では、ほとんどの時間をキャンパスで過ごしておりました。社会科学は、政治学、社会学、人類学、経済学、開発学、哲学、犯罪学、文学、言語学、などを含みます。ほぼ全てをかじりました。
自分の根拠なきポリシーとして「大学は自由に学問をする処である」というものがあったので、制度が許す限りできるだけ雑食しようと入学前から決めていました。
雑食を趣向する理由は、例えばテロリズム等のイシューをベースに社会を考えるとき横断的・学際的な考察が必然的に必要になるというのもありますし、単純に全てに興味をそそられたからです。
最初聞いたら意味不明なんだけど「え、どういう意味?」と考え始めると無限に議論が広がってゆく、人間社会に関する理論やインサイトは数え切れません。それらを産み出したセオリスト(思想家・理論家)にも目を向けてみると興味深い。生まれ育った家庭環境、受けた教育、影響を受けた人物、社会的・歴史的背景などは、間違いなく各セオリストの思想史に多大な影響を及ぼしている。理論の深いレベルでの理解には、そういった背景も考慮にいれる必要があり、それを自分自身の背景や生きている時代と照らし合わせて考えてみると面白いです。思想が特に近代/現代社会を動かしてきた、そしてこれからは逆に個々人が思想に影響を及ぼしてゆく時代、と僕は(勝手に)考えています。今の時代、どのような思想が必要になってくるのか?知の巨人の肩に乗って、自分が今生きている現代社会を見渡してみよう…
と言えば聞こえはいいですが、お世辞にも上手くできているとは思えないし、目の前の授業ですら数回聞き直してもきちんと理解したのかよくわからない、なんて時も多々あります…。
正直に言うわ。2年半真面目に勉強したつもりだが、人間社会、まだまだ全然わからん。
けどその過程は楽しいです。10ページのエッセーを読むのに意味わかんなくて1週間以上かかったり…一つのセオリーを理解しようと思ったら過去にだいぶ遡らなくちゃいけなくて発狂したり…セオリー理解したもののそこからどう考えれば良いのかわかんなくて「So what…?」状態になったり…エッセー書いてフィードバック貰って安心したり落胆したり…理解したセオリーを用いて現代社会で起きてる現象をたまに説明できたり新しい問題提起できたら嬉しかったり…。
ちなみに書類上の成績はあまり宜しくないです。ほぼ毎回締め切りを過ぎて提出してるからです…笑(自分の悪い完璧主義的な思考癖です。どう対処して最近どういう結果になったかはまた別のエントリで、)
いや長い。どんだけ学問喋るん。
そうなんすよそれで、花の2男も半ばに差し掛かった辺り(2017年半ば)から「そろそろ将来のこと考えないと…」となり。。このまま社会学者かを目指そうかとなり。でもプライベート・セクターにおける定性的研究者ポジションにも興味があったので、仲の良かった教授に「オーストラリアの就活は経験重視してるのは重々承知してるんだけどその『最初の』経験はどこでやるべきでしょう」と質問したら「あんたの興味分野だったらシンクタンクとかコンサルとかどう」と大学附属の、もしくは大学と連携して仕事することが多い企業・組織をリスト化して送ってくれ(神!!!)、片っ端から30社・組織くらいに応募。面接セッティングの返事が来たのは2社・組織。そのうちの大学附属のHealthcare系シンクタンクの面接では「途上国で予防医学の簡単な知識をもっと一般人に認知してもらうにはどうすれば良いと思う?」と重めな質問が来て的外れな答えを言った気がしたのだが…結果、そこからResearcher Internのポジションを貰いました。30分の面接中、一度も目を逸らさずに背筋を伸ばしたままだったのが功を奏したのでしょう(恐らく違う
でそこで2017年8月~11月でインターンやりました。
仕事内容は:
結果としては:
- 知的課題を与えられて解くのは楽しい
これを踏まえ、実際にアドバイスした相手から見える結果が出ないとモチベが下がるなとわかりました。
・そろそろ読者様からの苛立ちを感じるので実際の就活の話をします。
2017年6月、東京キャリアフォーラム行きました。デ◯イトとp◯c(共にコンサル)受けました。デロ◯トは1次面接、pw◯はグループディスカッション時点で落ちました。
同年9月、シドニーキャリアフォーラム行きました。◯wc落ちたのが不服だったのでもう1回受けました。もう1回グルディスで落ちました。頭にきました。
てな訳で先月ボストンキャリアフォーラム行ってきました。(散財っ…っ…!)
外資系戦略コンサルティングファーム と 外資系証券会社(リサーチ部門)からそれぞれ新卒ポジションでオファー貰いました。
自分が今まで信じてやってきた事は間違ってなかった、と自信を取り戻すことができたので幸いでした。「あなたのこういう、他の人にはあまりない部分を評価してるからぜひうちで存分に発揮して欲しい」とダイレクトに、自分が行きたい企業に、太鼓判を押されたことは嬉しい。
母親の病死といい、正直最近辛かったので、オファーレター貰った時は「ここに来て今までの労苦が…」と少し報われた気がしました。
ここは素直に泣かせて下さい、長い時を経、ラオウとの兄弟愛に触れたトキのように
はいありがとうございました
まず目の前の仕事で目の前の人間に自分の出せる価値を最大限を提供し続ける、そしてその方法を常に学んでいくことを優先していきたいと思います。
今思えばまぁ甘ちゃんなキャリア思考・就活でしたが、「もっとこう考えれば良かった」などの後悔は今してもあまり意味がないのかなと。なぜならあれが「定性的な社会科学」への興味という自分の好奇心に従った自然な結果だったので…。
でも、ただ自分の興味を満たすだけではなく、せっかく好きでやっているのだから、「ライティングがもっと上手くなりたい」という問題意識が薄々あったのにも関わらずそれを根本的に解決する手を打たなかったのは最悪でした。そのせいで恐らく、英語力の成長スピードは高校時代と比べると落ちました。大学で海外生対象にライティングを専門で教えてくれる授業は取れなかった(現地高校出身だったので、、)とはいえ、現地の優等生に根掘り葉掘り教えてもらうという選択肢もあった。それこそ来豪してすぐのガムシャラに頑張っていた時のように。まだ遅くないか!
自分はライフワークとして、「価値がある」と自分で勝手に考えるモノ・コト・人にリソース(資本・戦略・自分自身)を投下し、その価値を体現・増幅させたいと考えています。今はそれくらいの深度でしか考えられない。例えば、将来が見えにくく私達が慣れ親しんだ価値観の多くが揺らいでいる今の時代だからこそ、人文学や社会学の視点・態度が役に立つのでは?と勝手に思っています。今の社会を俯瞰できる外部の視点を提供してくれるからです。日本を含むアジアでは社会科学は過小評価されていると感じます。そこら辺を盛り上げて行けないのかなぁ?とか考えたいと思います。なんか戦略コンサルって、そういうこと考えててもオッケーな環境な様に思えたんですよね。
今日はここら辺で。
はい愚痴るよぉ
仮説:「競争して勝たないと生き残れない教育・経済システムからは、偉大な思想家や作曲家はもう出て来ないんじゃないか?」
昨夜、彼女と2人で近くの中華へ夕飯を食べに行った。
前期も中盤にさしかかっていて、そろそろ学生達が課題の締切や中間試験の準備にイライラし始める時だ。
自分らも例外無くピリピリしていたが、色んな話をした。
話は「課題の締切日」→「今年の学業成績の目標」→「卒業後の進路」と変遷し、
そして「僕ら2人のこれから」にまで及んだ。
ちょ待……それ…SWN1(避けたい話題 No.1)やないかい…
何故なら、彼女は中国系マレーシア人…
「東京で就職したーい☆」なんてほざくと一気に雰囲気ブルーである…
彼女は、現在大学に通い暮らしている都市での就職を望んでいる。
だが、海外生(オーストラリア国籍や永住権を持っていない学生)にとって、ここでの就活市場は、めちゃくちゃ厳しい。
大学を卒業して1年以上就活したけども、ここで就職できず、仕方なく母国に戻って就職した先輩達を何人も見送ってきた。
彼女がふと愚痴った。
「いや、カリキュラムの進み速すぎてマジ嫌んなるわー。
教育って、受ける本人にもっと精神的余裕があるべきじゃない?
良い成績&良いレジュメ(履歴書)がないと仕事もらえないって、
学生の間の私ら精神的余裕マジ皆無じゃない?」
核心突いてるな…と思った。
自分の周りには、海外生が多い。
中国本土・マレーシア・インドネシア・シンガポール・インド・香港・ベトナム・韓国・スリランカ・台湾・日本… (大学の統計サイトから引用。)
彼らからすると豪州の方が給料も生活環境も良いし、経済的・社会的機会も多い。
(この点、日本人であることは超ラッキーだと個人的に思う。)
だから多くの海外生は、今学んでいる都市で就職するため、必死で努力している。
独り黙々と頑張ったり、他人を蹴落としたり、誰かのつてを頼ったり。
シンプルに言えば「競争しまくっている」。
・就活に関する有益な情報を持っているけども、友達には教えないでおこう…
(友達って、友情ってなんやねん…。)
・1億円目の前に積まれたら(あるいは仕事あったら)絶対やらない様なサークル活動を喜んでやろう…功績が多いほど就職に良いから…
(自分が本当に興味・情熱持ってることやった方が良いんじゃない…?)
・本当は好きでもっと深めたいんだけど、「非生産的」な趣味は断念しよう…他のもっと「生産的」なことに時間を割こう…いつも何か「生産的」なことをしていよう…
(それやったとして後で後悔しないか? 自分の彼女は絵を描いたりギターを惹くのが好きだけど、もう久しくその姿を見ていない、そしてそれは悲しい。)
これらは、実際、自分や友達の身に起きたことだ。
競争(ここでは大学→新卒雇用の競争だが…)って、これでいいんだろうか…?
個人的には「なんかもったいないなぁ」と思う。学生はその過程で、それぞれの個性に本質的に関わるような様々なモノ・コトを犠牲にしているんじゃ…と可哀想に思える。
激しい人材競争は、マクロ経済的に見れば、より良い財やサービスが生み出されることに寄与しているかもしれない。
だがその過程で、間違いなく多くの学生の、人間の本能的な(芸術的な?)感覚を鈍らせたり、可能性を制限しているのでは…と個人的に危惧している。
何よりの証拠が、「多くの学生達の心が充足してない・ハッピーじゃない」という事。
「自分の中から自然に出て来る衝動」ではない何かに常に追われている。
いつ安心するのか?就職したらか?
どんな活動をするにせよ、それは己の中に出た結論・考え・アイデアに沿ったものでなければ、結果的に個人の充実感や自信に繋がらないんじゃないか…?
そしてこの大学・就活市場の競争はその傾向を助長しているのではないか…?
だが、自分の友人でこう言う学生がいるのも事実だ。
「それでも構わない。キャリアの上で苦労や理不尽は覚悟してる。」
その考え方もありだろう。
だが「偉人」と言われる人達は、まさにこの人間の本能的な感覚を研ぎ澄ました人達なのではないか…?その結果が、後世に残るような「偉業」なのではないか…?
偉人達は、皆が皆、世界ランク上位の大学で学士・修士・博士号をとった訳ではない。
競争を勝ち抜いて当時イケてる仕事をゲットした訳でもない。
そんなのググったらすぐわかる事。
彼らにとって「成功へのレール」なんてものは存在しない。
放蕩・放浪しまくったり、挫折しまくったり、ひたすら1つの事に没頭したり。
こういう「非生産的」な物事が、現代ではまったく評価されていない気がする。
今日はここら辺で。
今やるべきことに集中!…できたらいいなぁ…
※鬱注意
ネットサーフィンしてようが寝てようが勉強してようが、例え母のことや家族のことに思いを馳せていようが
僕はたぶん「母の死」という起こってしまった人生最悪のイベントに対して、うまく対処している
何故なら精神崩壊してないし、身体も問題なく動くし、自分の思考や行動も正常運転してる(と少なくとも思ってる)
立ち止まってぼーっとしていると毎回
「俺いま生きてる意味なくね」「頑張る意味あんの」
これらが襲って来るということは経験実証済みなので、「立ち止まる、ダメ、絶対」キャンペーンを敷こうと思う
「とりあえず来週の授業までにしておかないといけない読み物しとこう」
「金曜の夕方は友達とサッカーや」
「週末朝は彼女とカフェで休むかな」
「あやべ、就活のための本も読まんと」
脳にこのような小さな行動の選択をさせ続け、やるべきことは何かをその都度修正させる、つまり脳に余計な考えをする暇を与えない。
「……よし…完璧。…イケる。この調子で就活まで……」
脳「だが断る」
(コルチゾール・ノルアドレナリン投入)
鬱状態へ突入!!!!!!!!!!!!
俺「
」
自己紹介つまりエゴのさらけ出し
1ヶ月ぶりの更新です
この1ヶ月、実はなりに大変だったんです
僕の母親がガンで亡くなりました、52歳でした
悲しむ暇もなく初めての葬儀(初葬儀でいきなり喪主とかまじ勘弁)やら告別式やら火葬やらで、もう大変
母親は韓国出身だったので、日本と様式が違ったのも大変だったかなぁ
それが終わったかと思えば今度は保険金の請求と銀行口座の凍結と相続手続きとどーのこーの
「実印がどこ行った」だー「戸籍謄本が要る」だー、今度は(人生初)引っ越しだーsdりgndあべしsばlしふぁwlfbぱぁ……こんな世紀末望んでなかったわ……
なんか母親は「息子が大学戻る前には全部終わらせたいなぁ」と弟(僕の叔父)に言ってたそうで、もうちょっと自分のこと考えてくれよぉ…!て今も泣きそうや…
でも、最期の10日間くらいは母に付きっきりでいたのですが、最期らしい会話を2人っきりでできたのは、本当に感謝です
僕含め残された家族はこれからどう生きてゆけばいいのか、母親は幸せだったんだろうか、などいろいろ考えてしまいます。オーストラリアの大学(2月末から年度が始まる)に戻ってしまうと、父親が東京で独り暮らしになってしまうので、大丈夫だろうか……とか
そこら辺もブログに書いていこうと思います
最初は1、2つのテーマに絞って書こうかなと思ったんですが、無理っぽいです
そう、自己紹介です
- 21歳・♂・大学生
- オーストラリアのどこかにいます
- 生まれも育ちも東京・だけど血は日韓ハーフ
- 東京で就職しようかなぁ…
- けど就職以外に道はないのかなぁ…
- クラシック音楽こそ真の音楽
- そろそろオナ禁しよう
このブログでは、自分の心や自分の生きる社会となるべく正直に向き合ってみて、気付いたことを書きたい(つまりオナニー的徒然日記です)と思います